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You talkin' to me ? 2nd_新たなる驚異を求めて

見た映画・テレビの話をだらだら且つのんべんだらりとゆるく綴るブログ

盆盆バカ盆ばか盆盆

あっという間に終わってしまった我が輩の盆休み。当初のもくろみではふふふアレも見てやるコレも見てやると舌なめずり(?)をしていたというのに、それほど本数を消化することは出来なかった(この時期毎年そんなことを書いているような気もするが(ーー;))とりあえず見たモノと言えばドラマ/映画合わせても以下の通り(蛇足ながら劇場には全然行けなかったのだよ(T^T))

「刑事ルーサー」(NHK-BSプレミアム)・・・このドラマはAmazonプライムやhuluで「刑事ジョン・ルーサー」のタイトルで既にシーズン5まで配信がされているものだが、ちょっとタイミングを逃して視聴する機会を失っていたのだった。「パシフィック・リム」のスタッカー司令官役だったイドリス・エルバ主演というのがずっと気にはなっていたので、一度は見てみたいと思っていたのである。

イギリスの犯罪ドラマらしく爽快感は全くないし、ストーリー的にも意外性は無いが、その分キャラ力で見せていくのはさすが(峰不二子的ポジションのアリス(ルース・ウィルソン)が特に良い)シーズン1が全6話なので、それが終わったら残りをアマプラで追いかけようかなと思っている。

「プロジェクト・ブルーブック」(CS放送ヒストリーチャンネル/U-NEXTでも配信中)・・・UFO好きなら「ブルーブック」と言う単語を聞いただけでワクワクする反応を取ってしまいがちなのだけど、ドキュメンタリードラマだと思っていたら完全に裏「Xファイル」の様相を見せていて、今のところは(4話まで視聴済み)ちょっと思っていたのと違うかなという感じ。

※ブルーブック計画とは??

アレン・ハイネックという実在する人物を投影したドラマなんだから、もう少しフィクション部分を減らして事実部分を前面に出した方が良いとは思うのだが、何せもうサブタイに使われている言葉ががいちいち「フー・ファイター」「フラッドウッズ・モンスター」「ペーパークリップ」と古のUFO本で目にしたものばかりで、スキモノとしてはそれだけで引っ張られているところはあるかもしれない(シーズン2も来年放送予定で決定したらしい←我が輩みたいな反応した視聴者がけっこう居たということでしょうか)

「ネイルズ-悪霊病棟-」(BS放送シネフィルWOWOW)・・・この時期にピッタリな"病院ホラー"だが、いろいろと惜しい映画だった。タイトルの「ネイルズ」とは字面通り"爪の悪霊"で、胡散臭い病院に入院した女の子がそいつのせいでエライ目に遭うという実にありがちな話ではありつつも、舞台設定である病棟の見せ方はなかなか怪しさ大ヒット(ーー;)特に過度な演出をせず雰囲気作りだけあそこまで「こわっ」と感じさせたのは旨い。

あとはちらっとしか姿を見せない悪霊のビジュアルもグロさアップしたノスフェラトゥ風で気色悪かったけど、低予算ホラーの割にはまあまあ頑張ってますやん、と言いたくなる。個人的には悪霊の出自とヒロインとの関わりをもう少し丁寧に描いてくれたらもっと感情移入できたと思うのだけど、そこいらがちょっと雑だったかなと。

「全裸監督」(NETFLIXで独占配信中)・・・かつてAV界の寵児と唄われた村西とおる監督(「ナイスですね!」の決めぜりふでおなじみだった人)の自伝をドラマ化した作品(アダルトビデオの世界を描いた話なのでアタリマエだがR-18指定)

自分にとってはこの休み中最大の収穫はこのドラマと出会えたことだった。まだ全話見終わってないので、最後まで見たら長々と感想を書いてみようかと思っているが、それくらい国産ドラマでは久々のアタリだったのだ(こういうのがジャンル問わず作られるようになってきたらもう地上波のドラマなんて誰も見なくなるんじゃないかと言うくらいの衝撃度)個人的にはアダルトビデオに嫌悪感持っている人にこそ見て貰いたいドラマだとも思っている。

あと、このドラマを見てから原作本の方も読みたくなったのでこちらも近いうちに入手してみるつもりだ。

ほかにももう何本か見ているはずだが印象に残ったのはそれくらい(見る見ると決めていた「ヘレディタリー/継承」と「ゲット・アウト」は先送り。アマプラとネトフリのマイリストがパンパンに膨れ上がっているのも、えーかげんなんとかしたいのだがなー・・・・( ̄。 ̄;))

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わしらおっさんにも見える英雄の星

少し前の話になるが友人達と愛媛旅行に出かけてきた。その際に立ち寄ったのが六年ぶりの訪問となるサブカルバー"ヒーロースター"である。

こちらのお店は二番町、千舟町と場所を移しながら営業を続け、今年四月には遂に愛媛観光スポットのど真ん中・道後へと進出し店名も新たに「CAFE&BAR GOGO!HERO☆STAR(カフェバー ゴーゴー!ヒーロー☆スター)」となったそうだ。
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我が輩が同店を訪れたのはまだ二番町の雑居ビルで営業していた頃なので、あの狭かった店がこうも広くなるのかと(ーー;)中に入って最初に思ったのはそのことだった。思えば前回は愛媛県立美術館で開催されていた「特撮博物館」を見るため松山入りしていたのだが、当日の夜に同店に訪れたのが最後になっていたのである。

それで簡単にヒーロースターのことを説明しておくと、ここは日本でも有数のおもちゃコレクターである若藤昌男さん(なんとWikipedaiaにもお名前が載っている(ーー;))が二〇〇七年に始めたお店。所有するコレクションを使ったイベントの企画や(徳島でも以前単発でこういう催しがあった)自らテレビに出たり(「なんでも鑑定団」に出演しブリキ人形6点で275万円という高額鑑定結果を導き出したこともある)および地元ラジオ局のパーソナリティーとして今もレギュラー出演もされていたりと、自己発信力のたいへん強い方でもあるのだ。

※最近はyoutubeにも「英雄星チャンネル」を開設してネットでも情報発信中

六年ぶりに会った若藤さんはたった二度の来店経験しかない我々を果たして憶えていてくれたのだろうかと、あまり期待しないで話をさせて貰ったのだが、わたしと一緒に居たメンツの一人が元々愛媛に住んでいた人で、我々より先に来店経験があったおかげでなんとか記憶の片隅で覚えて貰っていたみたい(彼が最初に来店したときたまたま地元テレビ局の取材があったらしく、それ込みでオーナーさんの脳メモリーに刻まれていた模様)

相変わらず店内には若藤さんのコレクションが所狭しと陳列され、壁にはアニメ/特撮作品のポスターがこれでもかと貼付されていた。先に書いたとおり以前の店内に比べると相当中は広くなっていたし(配信動画用の撮影もここで行われているとか)設置されたモニターもかつては年季の入ったブラウン管タイプ1台だったのに、今では大画面HD液晶テレビが何台もそこら中に用意されていてビジュアル展開もバッチリという感じだった(この日流れていたのは八〇年代後期のアニメOP集とか、特撮系ビデオの数々)
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それと前は完全にバーだったものがカフェバーへとチェンジしてたため、夕方3時から入店可能となっていたのは大きな違い。我々が訪ねたときは時間が早かったのでスタッフのおねいさんもおり(おそらくカフェタイムの店員さんだと推察)お酒のオーダーもちゃんと聞いてくれたのであった(なんでもyoutube用の撮影と編集とアップは彼女がやっていると聞いたが(ーー;)そう考えると同店のIT部門責任者だったのかもしれないな)

少し気になったのは店が広くなりすぎて、他のお客さんと話をするのが(話しかけるのが)ちょっと憚られるというか、若干お互いの距離感が遠くなったなと言うのはあったけれどもコレは慣れで克服していくしかなさそう。じっさい店の雰囲気自体は以前のままでこの手合いが好きな人間なら快適なことは間違いなく、普通の飲み屋ではぜったい出ないようなキーワード(ふいに高山良策とか三角ビートルと言った単語が)ばんばん飛び交う楽しさで満ちているのも旧店と同じだった。
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この日は他にお客さんもいたので若藤オーナーとはそれほどお話しできなかったのだけど、短いながらも聞いた話では還暦になったタイミングで一度は店も閉めようと思っていたそうだ。それが運良く好条件で今の店舗を貸してもらえることになり、もう一踏ん張りしてみようかと営業再開を決断されたそうである。

その大英断には拍手を持ってむかえたいし、オーナーさんの体力・気力が続く限り(ーー;)四国唯一とも言える特撮・アニメのサブカルバー(アニメバーというのは四国四県にも何店か有るのだが、こうした昭和サブカルネタメインのお店はココ以外にその存在を私は聞いたことがない←もし知っているぞという方がおられたら是非教えていただきたい)として今後も君臨し続けて貰いたいなと、我が輩は切に願っている。

もしこの記事を読んでいる人で愛媛・道後方面へ旅行に行かれる方は(なおかつ特撮アニメファンの方は)こちらの店を覗いてみてください。道後温泉からちょっとだけ足を伸ばしたところにあるので、話のタネに一度は立ち寄ってみるのもアリだと思いますし、我が輩も今度は六年と言わずもう少し短いスパンでまた飲みに行くつもりであります。

※なお、本記事で使用した写真はオーナーさんに直接許可を頂いて撮影したモノです

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決して一人では見ないでください・・・うん、一人で見て後悔した

そんなわけで昨日の続き。

今回は三本の映画を二日に分けて深夜に見たわけだけど、ほんとは一晩で一気に見るつもりだった。ところが「サスペリア」のランニングタイムが2時間半もあり( ̄。 ̄;)(もうホラー映画の尺じゃないよね) こらとてもじゃないが起きてられへんなと考えて分割鑑賞することになったのであった。

このときはちょうど家内が二泊三日の旅行に出ていて自宅は一人だったし、何の気兼ねもなくこういうジャンル(家内はホラー系がだめな人なのだ)に戯れることが出来るという愉しみもあったから、無理して詰め込むこともあるまいという余裕があったような気がする。

もともと子供の頃から二本立て、三本立てといった上映方式は大好きだったし(東宝チャンピオン祭りと東映まんがまつりで育ったせいもあるかも)ひさびさの一気見にチャレンジしてみるのも面白いかとは思ったのだが「サスペリア」はこの記事でも書いたとおり公開当時からめちゃめちゃ楽しみにしていたので、これは体調万全で見た方が良いだろうという判断もあったのである(三月の高松公開時はとうとう行けなかったんで、先の二本を前座にしてもっと気分を盛り上げようという狙いもあったんだけどね)

さあそれで満を持しての「サスペリア」だったのだけど、いやもう鑑賞後は自分の中でこの気持ちをどう処理したら良いのか、ほんと困った事態に陥っていたのですわ。最初に書いとくけどこれ「サスペリア」のリメイク(リブート)としてやる意味あったんか?というものすごいわかりやすい感想が前面に出てしまってどうしようもなかったのだ(但し映画そのものがつまらん、と言うことでは無く以下に続く文章は「サスペリア」と思って見たのにコレどーなん?という個人的な文句でもある)

基本ストーリーはほぼ前作に準じているし、登場するキャラクターも大体一緒ということであれば間違いなくリメイクであると言えるのだけど、本作のルカ・グァダニーノ監督は旧「サスペリア」を素材としていただいただけで、わたしはまったく違うことをやろうとしていたように見えたのだった。とくに我が輩がいちばん気に入らんなと(ーー;)思ったのはどこかでアルジェント版に対する上から目線を随時感じてしまうところで(当然これはわたしの勝手な想像)オレが撮ったのはああいうただのホラーじゃないよ、というアートかぶれな見せ方とでも言うのかな?そこは強く感じた部分だった。

時代背景を旧作と同じ70年代後半のドイツに据えていながら、こちらは殊更当時の政治情勢を描くことによって「こういう国でこういう時代だからこそこんなカルト集団が存在したのだ」と余計な思想的エクスキューズを入れているように見えたし、意味ありげで判断に困るシーンがやたら多いのも「いろんな隠れテーマがあるんだよ」と小賢い能書きを聞かされているような気になってしまい、そのうえ映画の中ではいつまでたってもこっちが見たいと思っていた物(怪奇/恐怖譚)を見せてくれないのである。

アルジェント版「サスペリア」をめちゃめちゃ知能指数の低い感想で語らせてもらうと、あれはもう極彩色の風景の中で美少女がひたすら酷い目に遭っていくのをかっこいい音楽で繋いだ「だけ」の物語(良い意味でだよ)だとわたしは思っていて(「サスペリア」に限らずアルジェント映画ってだいたいそういうもの確信しているが(ーー;) ロリコンとは違う種類の倒錯趣味を持った監督さんではないのかなと)公開から40年以上が経っているが、あのセンスと力業は今見てもかなりスゴイと思っているのだ。残念ながら今回のリメイク版には旧作を見たときのような画面から受けた圧倒的なパワーというのは感じられなかったのである。

また、わたしは別にリメイクだから、リブートだからまったく同じ事をやれと言っているわけでは無い。↑上で「これのどこがサスペリアやねん」とは書いたけど、原典を自由な解釈で新しい視点で拡げていって貰うのは大歓迎だし、寧ろなぞるようなことは止めて欲しいとも思っているのだ(発展系の改変なら全然許せる) ただ、この新作はどちらかと言えば「マーターズ」のようなある目的を持って儀式を行う集団の話が物語の軸になっているために、主役のスージー(レディコミみたいな映画「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」のダコタ・ジョンソン。クレジット見るまで同一人物とわからなかったわ(__;))が被害者なのか傍観者なのか首謀者なのかなんだか判別しがたい存在になってしまっているのも見ている方としたら良くわからなかったし、その儀式のクライマックスに至ってもビジュアル的にはけっこうなゴア描写がありながらホラーの要素はまったく感じられなかったのである(ここはまんま暗黒舞踊の舞台を見ているような感覚)

これは我が輩の完全な妄想だけど、おそらくルカ・グァダニーノという監督は旧「サスペリア」に某かのインスパイア(それも映画人として人生を左右するようなレベルで)を受けつつも「この映画はこうすればもっと良くなるのに」という修正意欲みたいなものをずっと持っていたのではないか。そしてわたしが感じた全編から受ける「上から目線」は実は作品そのものではなく、ダリオ・アルジェント監督本人に向けての物だったのかもしれない(旧「サスペリア」へのリスペクトが有りそうで無いのはそこなんじゃないの?と穿った見方したらそう思えたのだよ)

と、いうことでコワイ映画で涼もうという当初のもくろみは見事に失敗し、反対に深夜3時に怒りで体温を上昇させて寝るハメになったのであった(--#) しかしわたしは負けない、次の盆休みも恐怖映画を何本か集めて深夜の納涼避暑に再チャレンジするつもりだ(たぶん一つは「ゲット・アウト」か「ヘレディタリー」あたりになる予定)

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盆にはまだ早いが自宅でできる納涼恐怖映画大会

梅雨が明けてから我が輩の居る四国でも猛暑日が続き、寝苦しい夜に悩まされていた。ここはひとつ暑さ対策で深夜自宅ホラー映画鑑賞を実施してみるのも良いのではと思い、さっそく試してみることにしたのである。このたび視聴したのは「クワイエット・プレイス」(Amazonプライム)「バード・ボックス」(NETFLIX)「サスペリア(リメイク版)」(U-NEXT)の三本。

いずれもここ1,2年で公開された所謂最新ホラー映画ばかりということで、古参ホラー映画ファンでもある我が輩にいったいどんな恐怖を与えてくれるのだろうかと期待に胸膨らませながらFireTVスティックをテレビに向かっておもいきし振りかざしてみたのであった(怖さでエアコンの設定温度を一度でもあげるきっかけになれば良いなと、ここいらはわりと真面目に考えてみたつもり)

ところが、こういうこともあるのかなという感じで見事なくらいこの三本ともが自分のシュミに合わず、また思ってたのと違うがなというアテが外れた感を思いっきり受けてしまった( ̄。 ̄;) 自分で選定しておきながらこの結果は残念というほかない(当然体感温度が下がることはほぼなかったという・・・)

しかも「クワイエットプレイス」と「バードボックス」は映画構造のひじょーによく似た作品で、どちらも人間に対し必要不可欠な行為(「声(音)を発してはいけない」、敵の姿を「見てはいけない」)に制限をかけて外敵と対峙する状態を作り、そのことがサスペンスや緊張感を生むという流れになっていたはずなのだけど、正直この二本ともそれがうまく機能していたとはあまり思えなかったのである。

まず「クワイエットプレイス」のほうは音(主に人間の発する声)に反応する得体の知れない怪物(出所不明の侵略者?)のせいで人類がほぼ死滅しそうになってしまったという設定。

これにはある程度合点がいったのだが生き残った一家の対応ぶりがなんとも危機感が希薄で、あんなんじゃ襲われて当たり前やないかと思ったし、よーこんなんで君ら生存できてたなと、見れば見るほど敵側の迂闊さ・ヌルさの方が浮き彫りになっていたような気がしているのである。

少なくとも「ああいうこと」になっている以上ぜったい声が出る出産なんか以ての外だし、私があの父親なら医学書を手に入れてでも家族が声が出なくなるような何らかの施策を考えただろう(その前にもっと目立たない場所で身を隠すことが先だよな)

どうもそのへんのサバイバル感とでもいうのか、人間側の切迫した状態があんまり伝わってこないし、完全にこけおどし系だったエイリアンもキャラとしての魅力が実に弱く、これくらいのヤツならなんとか倒せたやろといわれても仕方ないくらい強敵臭がしてこないのだ。

予告を見たときはディストピア的未来世界で起こった超自然ホラーだと決めつけていただけに、実は普通のモンスター映画だったという一杯食わされた気分が大きいのも乗りきれなかった理由の一つだとは思うのだが、ちょっと風呂敷を広げすぎて(いっそ地球規模の話ではなく人里離れた山小屋に数匹の怪物が襲ってくるベタ展開にした方が良かったかも)失敗したところもあったのではないだろうかね(またこの予告がよー出来ためちゃめちゃ面白そうな編集で、そう思わせられたことが余計に悔しかったりする(ーー;) 逆に最初からB級モンスターホラーとわかって見ればもっと楽しめたような気もしたけどねー)

※そのたいへんよく出来た予告


「バード・ボックス」は言ってししまえばパンデミックものの亜流と言えるかもしれない。ゾンビ物と同じように人から人へと「それ」が感染していくのを見せていく物語だが、その感染経路は「それ」になってしまった人の姿を見ることで伝染してしまうというもので、なんとなく以前よく似た映画かドラマを見たような気もしたのだが、なんだったか未だに思い出せていない(°°;)

基本この種のドラマはだいたい発生から感染拡大して主要メンバーが固まるまではよほどのことがない限り鉄板的な面白さがあるので、ご多分に漏れずこの映画もそこまではなかなか力の入った展開を見せていたと思うのである。

「それ」は見た目だけではわからない普通の人間の姿をしているために識別がむつかしく、意思を持って言葉巧みに次々と感染者を増やそうと画策するわけだが(ここいらが数多のゾンビ物と違うところ)それを防ぐにはもう最初から目隠しをして「眼をあけない」という策をとるしかなく、サンドラ・ブロックたちが最後安全地帯を求めて旅に出るときもそのことが旨い縛りになってこちらはそれなりの緊迫感があったと思うのである(ただそのシーンは全体の尺で言うとかなり短い)

中盤までは概ね悪くない調子で話が進んでいくのだが、なんとこの映画最後まで「それ」がなんだったのかまったくわからないまま終わってしまうのだ。この映画の脱力ポイントはこれがすべてだと思うのだけど、けっきょく「なんだったん??」としか言いようのないノーオチ(作った人はあの「安全地帯」が"こういう場所"だったと言うことで納得しろと言いたいのかな)で終わられると釈然としない気持ち悪さだけが残ってしまい、たいへん後味が悪くなる(´・ω・`)

このブログでは今まで何度か書いてきたと思うが「わかるひとだけわかればよい」という終わり方をする映画を私はあまり好意的に捉えることが出来ないのだ。そら、中身によったらそうした終幕がピタリとはまる作品もあるとは思うけど、こういう誰がどう見たってエンタメの内容でなんでこんなことするのかねと、シナリオ書いた人は途中で仕事放棄したんじゃないの?と、イヤミの一つも言いたくなるのだよ(わたしはその部分でまだ「クワイエットプレイス」の方に潔さを感じている)

オチがないこと以外はそんなに悪くない映画だったから(ーー;)ちょっと勿体ない気もしたなあ・・・


それで「サスペリア」だけど、ちょっと長くなったので一回休憩、続きは明日書こう。
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